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横浜地方裁判所 昭和57年(レ)44号 判決 1982年12月22日

控訴人(原審原告)

株式会社クレセント・リース

右代表者

石田和博

右訴訟代理人

村上愛三

被控訴人(原審被告)

三浦寿

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金一一万七六〇〇円及びこれに対する昭和五三年六月二九日から支払済まで年三割六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は昭和五三年五月二九日被控訴人及び三浦冷子(以下「冷子」という。)に対し、右両名を連帯債務者として左記の約定で金一一万七六〇〇円を貸し渡した。

(一) 弁済方法 同年六月から昭和五四年五月まで毎月二八日限り金九八〇〇円宛分割して支払う。

(二) 過怠約款 右分割金の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い残金を直ちに支払う。

(三) 遅延損害金 日歩金三〇銭

2  仮に被控訴人が右金員を借り受けたことがなかつたとしても、被控訴人は冷子が右金員を借り受けた当時同人と夫婦で同居していたものであり、更に右金員は被控訴人らの夫婦共同生活における家事費用に充てるために借り受けられ、その金額も比較的少額で製あん会社で働く被控訴人の月給(約三〇万円)の半分以下のものであるから、右金員借受は被控訴人ら夫婦の日常の家事の範囲内に属するものであり、従つて、被控訴人は配偶者として冷子の右借受金返還債務につき民法第七六一条により連帯責任を負う。

3  仮に右金員借受が日常の家事の範囲に属しないとしても、そもそも右借受金は比較的少額であつてこの程度の借受金は実際に日常家事に費消されるのがほとんどであること、並びに冷子は右借受にあたり、二個の印章を持参したうえ控訴人の貸付担当者に対し借受金は家事費用に充てる旨及び夫である被控訴人の月給は約三〇万円である旨説明し、被控訴人の署名捺印をしたことから、控訴人において右金員借受が日常家事に関する法律行為であると信じたのであり、このように信じるにつき正当の理由があつたというべきである。

4  しかるに被控訴人は昭和五三年六月二八日を経過するも右分割金の支払をしない。

5  よつて控訴人は被控訴人に対し、貸金一一万七六〇〇円及びこれに対する期限の利益を失つた日の翌日である昭和五三年六月二九日から支払済まで約定利率を利息制限法所定の利率に引き直した年三割六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一控訴人は、被控訴人に対し金一一万七六〇〇円を貸し渡した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも、甲第一号証(金銭消費貸借契約証書)には借主として被控訴人名義の署名捺印がなされており、<証拠>によれば冷子がこれをしたことが認められるところ、被控訴人が冷子に右署名捺印の代行権限を与えたことを認めるに足りる証拠がないので、右書証は控訴人の右主張を認める証拠としては採用できない。又、同証人は、被控訴人から控訴人事務所宛右金員借受を認める旨の電話があつたと証言するが、たやすく信用することはできない。

二つぎに、<証拠>によれば、控訴人が被控訴人の妻である冷子に対し昭和五三年五月二九日金一一万七六〇〇円を貸し渡したことが認められる。

そこで、冷子の右金員借受が被控訴人との婚姻生活上民法七六一条にいう日常家事の範囲内に属するか否かを検討する。

<証拠>によれば、控訴人の貸付担当者である同人は本件貸付に際し冷子から、被控訴人は製あん会社に勤務し月給約三〇万円を得ているが、給料日が月初めで生活費がなくなつたので前記金員を借り受けたい旨申込を受け、前記甲第一号証の用途欄に「家事費用」と記載したことが認められる。しかしながら右聴取内容たる被控訴人の職業、収入、借受金の使途等について、これを裏付けるに足りる証拠はないので伊藤証人の前記証言のみでこれらの事実を認定することはできない。そして被控訴人と冷子が夫婦で同居していたとか借受金額が一一万余円であつたことのみをもつて右金員借受が日常家事の範囲内であるとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三控訴人は、冷子の右金員借受が日常家事に関する法律行為であると信じ、かつかく信じたことにつき正当理由があると主張するので、以下検討する。

<証拠>によれば、冷子は右金員借受に際し、甲第一号証の同人及び被控訴人の各名下の印影を顕出した二箇の印章を持参したことが認められ、控訴人の貸付担当者伊藤トミエがその際冷子から被控訴人の職業、収入、借受金の使途について聴取した内容は前記のとおりである。

しかしながら<証拠>によれば、一般に控訴人が金員の貸付をするに当つては借受申込者から保険証の提示と給与明細書及び印鑑証明書の提出を求めるのを常としているのに、本件の場合は冷子の言を軽信して給与明細書及び印鑑証明書の提出を受けていないことが認められるし、控訴人において他に右聴取内容の真偽を確認する措置をとつた形跡はみ当らない。また、借受金額の一一万七六〇〇円は借受日の昭和五三年五月二九日から翌月初めの給料日までの当座の生活費としてはいささか高額にすぎるものと考えられ、使途につき疑念を挾む余地なしとしない。このような事情に照らせば、控訴人が冷子の本件金員借受につき夫婦の日常家事に関するものと信じたことについて正当理由があるということはできない。冷子が前記印章二箇を持参した事実も右判断を左右するものではなく、他に右正当理由を認めるに足りる証拠はない。

四以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤安弘 小田原満知子 太田和夫)

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